2024-07-02
インド進出の醍醐味は「閉塞感の打破」にあり。 Tech Japan技術アドバイザー 若狹建×Tech Japan CEO 西山直隆対談
元Googleソフトウェアエンジニアであり、2024年3月末までメルカリGroup CTOを務めていた若狹建さんが、2024年5月から、Tech Japanの技術アドバイザーに就任しました。就任の背景や今後について、Tech Japan CEO西山と行った対談の様子をお届けします。
西山:エンジニアリングにおいてインドとの連携を模索している日本のスタートアップは、みんな若狹さんにつながる印象があります。
若狹:正直申し上げて、僕自身、特にインドに詳しいわけではないのですが、テックカンパニーであろうとすれば、インド人材とやっていくことが必須でしょうね。組織の力量を高めるためには、投資効率、スピードを考えてインド一択だと思っています。
西山:東南アジアはいかがですか?
若狹:東南アジアはオフショア拠点になっていますね。元々インドもオフショアで発展してきたのですが、テックタレントの考え方や想い、Willが数十年前より変わってきていまして、現在はオーナーシップやレスポンシビリティを持ってしっかりデリバリーをやろうという気持ちが強いんです。東南アジアも今後は受託メインのマインドから脱却する可能性があるとは思いますが、現時点ではインドが差をつけています。英語のアドバンテージがあって優秀なため、欧米からの期待値に応え続けてきたんですよね。育成やリーダーシップ人材のエコシステムもでき、総合的に力を上げてきたと感じています。
西山:メルカリさんをベンチマークしている企業は多く、問い合わせフォームからもよく「メルカリみたいなチーム組成をするにはどうすれば良いのか」という質問が寄せられています。我々としても、クライアントに対して若狹さんについて話す機会が結構あったんですね。そうした背景があったからこそ、若狹さんがテックアドバイザーとして弊社に就任するという話をしたとき、社内が湧きました。
若狹:僕が1人でやったわけではないですけどね。
西山:もちろんそうだと思いますけど、すごくアイコニックで、先頭を走ってリスクを取ってやられてきた方ですから。インド進出するという意思決定は、そう簡単ではなかったんじゃないでしょうか。
若狹:正直、簡単ではなかったですね。エンジニアリング部門だけではなく、ビジネス部門や管理部門の理解も必要となりますから。ただ、そもそも経営判断とはリスクを取ることも含めて行うことであって、難しい判断だからこそ経営判断だと思うんですよ。情報が十分集められているわけではないことも踏まえて、総合的に判断し、最終的には「よくわからない部分も残っているけれどやる」と。誰が見ても「そうですよね」と思うことには経営判断はいらないんですよ、当たり前だから。
西山:そうですね。実際に取り組みを始めてからは、日本のプロダクト開発をインドでやられていて、将来的には海外のプロダクトもインドで?
若狹:メルカリの場合、本当にころころ変わるんですよ。変わるというのはポジティブな意味で、プロダクトの方向性や戦略は割と変化していくんですね。なので、役割を固定化しすぎないチームにすることを心掛けていました。プロダクトでいうと、当然はじめは日本のチームから始めたんですが、プロダクトラインは日本のなかだけでもEコマースやフィンテック、その他の新規事業など、いろいろあるわけです。それを「インドはフィンテックはやりません」、「インドは日本向け以外の開発はやりません」などといったことはあまり決めないようにしました。
西山:なるほど。
若狹:全社的にやることも変わっていくので、あまり固定化せずにフレキシブルに受けられるようにする。ただ、日本チームとインドチームで常に協議をしないと物事が進まないという状況を避けたかったんですね。
Googleにいたときに、フラグメンテーションを「デフラグする」ための組織再編が定期的にありまして、それとちょっと近いところがあるんですけれども。要は、1つの同じテーマ、同じアジェンダで動いているチームがあまり地理的に散らばっていないようにしようという点を心掛けたという感じです。
西山:なるほど。
若狹:最初は一緒にやらざるを得ないところはあるんですが、ある程度ケイパビリティが高まってきたら、いくつかのテーマやワークロード、ドメインを日本からインドに移してしまう。そうしないと、オーナーシップが出ないんですね。「自分たちが責任を持ってやっているんだ」という当事者意識をメンバーたちが持ちにくくなるので、オフショアの考え方ではなくインドでもリーダーシップをしっかり持ってもらおうと意識していました。
西山:日本企業からは「インドに拠点を作ったらインドとのコミュニケーションやマネジメントをどうするんだ」という話が出ますが、そもそもインドの使い方や目的を間違えていると。
若狭:そう思いますね。もしインドを遠隔操作しようみたいなことを考えているのだとすると、それはオフショアのマインドセットじゃないですか。そうではなく、自律的に動いてもらわないといけないわけですから、何ならインドに主導権を握ってやってもらうみたいなところまでいかないと、インドのテックタレントの本当の優秀さが活用しきれない。
西山:そうですね。遠隔操作のようなことが続くと彼らが辞めてしまうと思います。
若狹:そうでしょうね。自分のキャリアがポジティブにならないですから。
西山:なるほど。いやあ、確かにそこのマインドセットですよね。
若狹:遠隔操作したいというマインドが、どうも日本の会社は強い気がします。欧米企業の現地にトップを置き、現地に任せるやり方から学べることがあります。一方、日本企業は現地に乗り込んでいってコントロールするやり方を取っていた。スケールするのは欧米型なんです。
西山:マネジメントの考え方が、「自分たちがコントロールする、自分たちの枠にはめる」という日本型と、それぞれが前にどんどん進んでいくような海外型とで大きく異なる。
若狹:ええ。AmazonやNetflixが日本で割と上手くいっているのも同じですよね。当然、US側はP/Lなど数字を見てはいるわけですが、例えばAmazon Japanがローカルで何をやろうが、基本的には日本のことをよりよく理解している現地法人に任せているわけです。おそらく、USで上手くいったAmazonプライムと日本で上手くいったAmazonプライムはやり方が違うでしょう。Netflixも同じで、地域によって人気のコンテンツは違うため、現地に任せているんですよね。
西山:日本人がマインドセットを変えるにはどうしたらいいのでしょう。
若狹:難しいですね。永遠のテーマだと思います。「失敗の本質」という有名な本を何度か読んでいるんですが、そこに書かれている失敗エピソードは今のテーマとあまり変わらないんですよ。どうしても短期目線で内輪でやってしまうから、最終的に勝負で勝てない。どうすれば変わるんでしょうね。本当にわからないです。外圧で変わるのかな。
西山:変わらざるを得ない状況になって初めて変わると。
若狹:そこそこ困っていない状況では変わらないでしょうね。本当にマズいです、どうしましょうとなったときに初めて変わるかもしれません。
西山:違う文脈になりますけど、自分たちの仕事が奪われることに対する忌避感は強いですよね。前職でも、会社がDXといっていても、現場がそれを拒むみたいなことが多かった。
若狹:そうですね。ただ、新しいことへのアップデートという観点からいうと、まだテック業界は自分が今やっていることが変わってしまうことが普通なので、大丈夫だと思います。「このプロジェクトは全部インドに移すことになったから、インドに引き継いでもらって、あなたはこの日本のチームに移ってね」という話をしても、まだ反発が少ないのかなと。当然、ないとは言い切れませんけど、変化に慣れている分、比較的やりやすいのかなと。
西山:確かに。
若狹:特に若く小さな会社は変化になれていますから。大きな伝統的な組織であまり変化がないと、「俺たちの仕事がインドのチームにできるとは思いません」という声が上がってきたりする。
西山:なるほど。お話を伺っていると、キーパーソンはやっぱり経営陣で、ノンテックも含めてということになる。
若狹:そこはDisagree and commitでもいいんですけど、リスクを取るという経営判断をしたら、少なくとも経営会議に出ている人たちは協力をすると。別に期間限定でもいいのでね。要は立ち上がればいいわけですから。実際、メルカリも立ち上げを担った初期チームはもう解散していますし。
西山:なるほど、すごいことですよね。我々のお客様でも、人事担当者から話が上がってくることはあまりないんですよね。経営トップか、開発の責任者からお声がけいただくことが多いんです。
若狹:日本は特に事なかれなところがありますからね。これも「失敗の本質」に書かれています。すごくいい本ですよ。
西山:我々のビジネスでいうと、特に人がたくさんいるインドにおいては、優秀な人に出会えるかが重要になります。そのためにも、IIT(インド工科大学)などのトップの大学に使ってもらえるプロダクトづくりが重要です。すでにTech Japanのプロダクトチームから若狹さんに山のように質問が寄せられているので、交通整理をしながら可能な範囲で対話時間を持たせてもらおうと思っています。今日は、5月上旬にオンラインでプロダクトチームと顔合わせをしていただいた際に感じた印象をお聞きしたいです。
若狹:短い時間ではあったのですが、皆さんレスポンシビリティを感じてやっているように見受けられました。
西山:本当ですか。
若狹:ええ。「言われた機能を足して作っています」ではなく、当事者意識を持ってらっしゃる姿勢を感じました。それは日本のエンジニアがほとんどいないからということもあるのでしょうが、プロダクトエンジニアの方たちが「自分たちの肩にかかってるんだ」というオーナーシップの意識を持ってやられているのはすごくいいなと感じたので、それをいかに強化していけるかが大切でしょう。グローバルスタンダードのやり方というんですかね、ローコンテクスト、ドキュメント化で進めることでスケールするのではないかと思います。
西山:僕もぶん投げてしまう悪い癖があるのですが、それは良くないですよね。
若狹:日本には空気を読むみたいなことがありますが、グローバルでの仕事の進め方はEmployee Value Propositionありきで、特にインドではそこが重要ですからね。釈迦に説法で申し訳ないですが、会社の利益が上がるだけではなく、個人としていかにステップアップしていくかの両輪が回っていることが大事なんです。彼らのマーケットバリューを上げるためにも、オーナーシップがあることはスタートラインですね。
西山:そうですよね。「誰もが最高に輝ける社会を作る」が僕らのミッションなので、まずはうちのメンバーが輝いていないと説得力がないわけです。会社のやりたいことと自分がやりたいことの最大公約数を常に見つけて、そのずれをチューニングしていくことが大事だと思っています。ここに真摯に向き合い続けることは僕らにとってもチャレンジで、僕らが自分たちのプロダクトを活用してIITから採用し、成功することで、他社さんにも説得力を持って広げていけると思っています。
若狹:自社プロダクトの恩恵を自分が受けているのは説得力がありますからね。
西山:そうですよね。皆さん「IITの人なんて採れないです」とおっしゃるんですよ。2019年に設立した弊社でも実現できているのに、弊社よりも事業規模が大きく歴史の長い会社が難しいとおっしゃる。
若狹:日本人は「できない」という気持ちが強いのと、フットワークが軽い人が少ないんでしょうね。
西山:我々でもできるはずですから、実現するための工夫をしていきたいです。
西山:個人的に、日本企業のCXOにグローバル人材、特にインド人を増やしていくことを勝手な目標として立てています。
若狹:そうですね。やったほうがいいと思います。インド人というよりは、グローバル化ですよね。
西山:ええ。
若狹:日本だけ世界から孤立してしまっているんですよね。そこが独自性を持つ観光地としての魅力になっているのかもしれませんが、テックタレントのケイパビリティを高めていくという観点では、その特殊性が完全にネガティブになってしまっている。
西山:僕が官公庁等の政府機関の方などとディスカッションをしているなかで感じるのは、「日本のスタートアップを海外に」というとき、「経営陣が日本人であること」が前提となっているなということなんです。
若狹:前提になってしまっているわけですね。ただ、日本企業でも事例がないわけではないですよね。楽天さんでも意図的に外国人経営陣を増やしていますし、亀田製菓さんもCEOがインドの方ですし。メルカリも、結構早いタイミングで上層部のグローバル化を進めていました。西山さんがおっしゃる通り、グローバルなスタンスが必要だと思います。
西山:日本の組織はグローバル化できるでしょうか。メルカリ時代をクリスマスみて、ターニングポイントのようなものがありましたか?
若狹:僕はメルカリに5年弱いたんですが、僕が入る前からグローバル化の流れはあったのかなと思います。僕が入社した時期のメルカリは、ある意味Too Boldに(笑)エンジニアを採りすぎていて、要はちょっと組織的に荒れてしまっている状況だったんです。その大きなコンフリクトポイントみたいなところ、あるいはマネジメントのイシューみたいなところを何とか解決していきたいという話を入社時にいただいていました。どうかなと悩んだところも正直あったんですけど、ある意味で無謀なことをやる会社もそうないかなと思い、いい経験になるといいなと思って入社を決めたんです。
メルカリには考える前に動くカルチャーがあるんですよね。グローバル化を進める話も特にそこだけに力を入れて熟慮に熟慮を重ねるようなことをやっていたわけではないんです。だから大失敗をすることもあるんですが、そのあとで何とか収拾つけましょうというカルチャーがある。IITからの採用もそうした例の1つで、もし火事になっても火を消せばいいじゃんというニュアンスを感じる組織なんですよ。
西山:なるほど。そういうチャレンジマインドみたいなものが変化には必要ということなんですかね。
若狹:このマインドはインドと似ていますよね。「できますか?」と聞かれたら、とりあえず「できます」という。で、後になってできてないじゃんみたいな。あとはたとえば韓国なども同じで、「できます」を先にいう文化がありますね。
西山:ちょうど先週、韓国に行っていたんですけど、リスクを取って速く動こうとするところに可能性を感じました。韓国とインドも相性がいいんじゃないかなと。
若狹:韓国は、サムスンやLGなど大企業以外はこれまでインドにあまり目を向けてこなかったので、今がいいタイミングなんじゃないかと思います。あとは台湾もありですよ。今のところ国内でエンジニア採用ができていますが、台湾も深刻な少子化なので、いずれは採れなくなるときがくる。米中対立もあり、難しくなりつつあります。中国依存をゼロにはしないにしても、リスク分散のためにもインドを真面目に検討していかなければいけないのではないかと思いますね。
西山:ありがとうございました。最後に、若狹さんがインドに進出して良かったことをお聞きしたいです。いかがですか?
若狹:先進国、特に日本は閉塞感が漂っているのが現代社会だと思っています。そうしたなか、インドには閉塞感がまったくないんですよね。インド人エンジニアが語る未来は明るいんですよ。インドに行って彼らと話すことで、エネルギーや元気をもらいました。先進国は若者もみんな、恵まれた環境だから、内向きで、将来に対しても悲観的になりがちですが、それと本当に対照的だなと。特に若いエンジニアは「あれがやりたい、これがやりたい」と本当によく話してくれるので、自分も老け込んでいる場合じゃないなと思いました。
西山:閉塞感があるのは、個人だけではなく企業もですよね。その閉塞感をインドを活用することで一気に変えられる。
若狹:本当にちょっと哲学的な話になるんですが、せっかく地球で生まれて活動しているわけですから、欝々としながら生きる人生よりも、いろいろあったなと思える人生、将来にポジティブなイメージを持ちながら生きていく人生でありたいなと感じています。そうやって生きていくために、彼らからいい影響を受けてパワーをもらいたいですね。
西山:ありがとうございました!