2023-10-19

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【イベントレポート】スタートアップによるインド拠点開設~インド市場開拓と世界最高峰テクノロジーとエンジニアへのアプローチ~


メガベンチャーやスタートアップによるインド拠点開設が進んでいます。TechJapanでは、日本企業のインド進出を支えるベンチャーキャピタル(Venture Capital、以下VC)2社と共催で、「スタートアップによるインド拠点開設」をテーマにイベントを開催しました。第1部では、インド進出すべき理由についてVC2社とディスカッション。第2部では、実際にインド開発拠点を行っている株式会社メルカリ執行役員 Group CTO兼 取締役 Managing Director of Mercari Indiaの若狭建氏、株式会社マネーフォワード取締役グループ執行役員CTOの中出匠哉氏に、立ち上げ背景や具体的なアプローチについて伺いました。その内容をレポートします。


【第1部】VCから見たインド市場の魅力とは?


<登壇者>

相良 俊輔 氏/Genesia Ventures Country Director of India

大学在学中より、データの収集、分析、活用のための基盤システムをクラウドで提供する米Treasure Dataの日本法人に参画。インサイドセールス部門の立ち上げ・運営を経て、製造、流通、メディアなどエンタープライズ向けの直販営業及び既存顧客へのアップセル業務に従事。2019年2月よりジェネシア・ベンチャーズに参画。2023年7月にはインド・バンガロールへ新規投資拠点の立ち上げのために赴任し、インド現地のスタートアップへの投資活動を開始。


伊藤 毅 氏/Beyond Next Ventures CEO

2003 年 4 月にジャフコグループに入社。Spiberやサイバーダインをはじめとする多数の大学発技術シーズの事業化支援・投資活動をリード。2014年8月、研究成果の商業化によりアカデミアに資金が循環する社会の実現のため、当社を創業。創業初期からの資金提供に加え、成長を底上げするエコシステムの構築に従事。出資先の複数の社外取締役および名古屋大学客員准教授・広島大学客員教授を兼務。内閣府・各省庁のスタートアップ関連委員メンバーや審査員等を歴任。2019年からインドスタートアップへの投資活動をスタート。

 


<モデレーター>

西山 直隆 氏/Tech Japan CEO

デロイトトーマツベンチャーサポートでアジア地域統括としてインドチームを立ち上げ、多くの日印ビジネス連携を創出。2019年にTechJapanを創業。インド工科大学と連携して、高度インド人材のデータベースを構築。成長スタートアップから大手企業にいたるまで、幅広く日本企業のグローバル組織構築およびDX人材獲得を支援。元米国公認会計士。



西山:日本のスタートアップがインドを活用すべき理由について、お二人のご意見を聞かせてください。まず伊藤さん、いかがですか?


伊藤:大きく2つあると考えています。1つは人材です。IT関連やソフトウェア開発をしている企業さんなら共通認識だと思いますが、インドには優秀なエンジニア人材がふんだんにいます。開発拠点を置く日本企業も増えてきていますね。エンジニア人材に加えて、優秀なマネジメント人材とも出会いやすいと感じています。英語が扱える上、スタートアップ経験者が多く、日本人よりゼロイチに適している人が多い印象ですね。私たちの会社で支援している企業でも、インドからベンチャー立ち上げ経験のある現地CEOを採用しました。

もう1つは事業機会です。インドは国も市場も成長しています。インドにないものを日本が持っている場合もあるので、積極的に進出してすべきだと考えています。


西山:支援先企業でインドのマネジメント人材を採用されたということですが、どんな方をどうやって見つけて採用されたのですか?


伊藤:シリアルアントレプレナーで、VCから資金調達を経験している方でした。残念ながら事業がうまくいかず売却するタイミングだったそうで、私たちがビジネスSNSのLinked inに出した求人にエントリーしてきてくださいました。前の会社でやろうとしていたことができなかった経験もあって、スタートアップの社長はお休みして、キャリアチェンジをされたのかなという印象です。

日本ではあまり見つからない人材だと思いますね。起業経験者が採用できるという意味でも魅力的な市場だと思います。


西山:ありがとうございます。相良さんはいかがですか。


相良:私はあえて、これはインドに向かないという活用法をお伝えしたいと思います。テックスタートアップに焦点を絞ってお話しすると、オフショア拠点の開設はあまり推奨していません。どこか他の地域で定義された開発要件に従って決められた納期と工数で着実に進めるという、いわゆるオフショア開発の拠点としては、インド以外に例えばベトナムなどの良い候補があるので。



インドの優秀なソフトウェアエンジニアは、言われたことを淡々とこなすよりも、トライアンドエラーを繰り返し、推進力を持ちリードしながら進んでいくカルチャーがあります。そのため、別の地域のリーダーが遠隔でインド人材を束ねてマネジメントするオフショア的な活用法を、リソースが限定的な、あるいは作って捨ててを繰り返すことを本分とするスタートアップが採用してしまうと、暗黙知の言語化や資料化を含めて管理コストばかりがかさんでしまい、本来の目的を果たせない可能性が高いです。



事業がグローバルな性質を帯びているかどうかを自問し、Yesであれば開発組織のリーダーをインドに置いて、テクノロジーのいろはは全て任せるくらいの割り切りと胆力でやるべきでしょう。グローバルビジネスで勝ち切るには、インド人材のコスト競争力を活かさない手はないですから。Noであれば、日本国内もしくは東南アジアのオフショアを絡めて開発体制を作る方が合理的な選択になります。

インドは、マネジメントのできるミドル層も人材が厚いので、本気でグローバルビジネスにチャレンジするのであればインドで体制を作るのが良いと考えます。


西山:これからインドに進出しようとするとき、VCはどんなサポートをしてくれるのでしょうか?


伊藤:現地の接点づくりをサポートします。現在も、支援企業に入って採用を直接サポートしていますし、インド国内での販売パートナーを紹介し、話を進めてもらっている企業もありますね。公的な機関や大学をつないで、拠点立ち上げの足がかりも用意しています。


相良:日本企業のインド開発拠点の設立は、いまメガベンチャーが始めているタイミングで、まだまだ黎明期だと思っています。その意味で、資本関係などは一旦横に置いて、「グローバルビジネスをするのであればテックセンターはインドに。さもなくばスタート地点にも立てない」という適切な認知を日本にも届ける草の根活動はしていきたいです。逆にそうでない場合には、無理に拠点開設を推奨しない選択肢も合わせて提示する冷静さを持っておきたいと考えます。




【第2部】メガベンチャーによるインド拠点開設

 

<登壇者>

若狭 建 氏/メルカリ 執行役員 Group CTO兼 取締役 Managing Director of Mercari India

Sun Microsystems、Sonyにてハードウェア(携帯電話・AV 機器)関連のソフトウェア開発を担当。GoogleにてGoogle Mapsの開発に従事した後、2010年以降、Android OS開発チームでフレームワーク開発に携わる。Appleでのシステムソフトウェア開発、LINEでのLINEメッセンジャークライアント開発統括を経て、2019年8月メルカリに参画。2022年6月Mercari India のManaging Directorに就任。2023年6月より現職。


中出 匠哉 氏/マネーフォワード 取締役グループ執行役員CTO

ジュピターショップチャンネルにて、IT マネージャーとしてシステム開発・保守・運用を統括。その後、シンプレックス株式会社にて、証券会社向けの株式トレーディングシステムの開発・運用・保守に注力。2015 年にマネーフォワードに入社し、Financial システムの開発に従事。2016 年に CTO に就任。2018 年に取締役執行役員 CTO に就任。現在はインド開発拠点の立ち上げを行っている。


<モデレーター>

西山 直隆 氏/Tech Japan CEO



CTOが責任者となりインド拠点を設立


西山:まずインド拠点立ち上げの背景をお聞かせください。


若狭:メルカリでは1年半ほど前からインド開発拠点立ち上げのプロジェクトが始まり、私が責任者をしています。メルカリは今年創業10周年を迎えることができましたが、設立当初からグローバルで使われるプロダクト、サービスを作っていきたいと考えていました。設立1年ほどのタイミングでUS拠点を開設し、US市場向けのプロダクトを立ち上げました。今は一旦撤退していますが、UKにも開発拠点を作って挑戦してきました。海外での開発はインドが初めてではないんです。

 

5、6年前から新卒採用を始め、経験者採用においても外国籍エンジニアの中でもインドの方が優秀だというのはわかっていたため、インド工科大学(IIT)からの採用を始めました。結果として多くのインドの方がメルカリに入って活躍していただく状況になりました。


2019年から海外開発拠点の話が進み始め、コロナ禍で中断を余儀なくされましたが、2022年の冒頭に最終的にインドに決定したという形です。拠点をどこに設置するかはいろいろな意見がありました。拠点を作るには予算もマンパワーもかかるので、どうせやるなら質と量、どちらも満たせるところからやりたい。そう考えた時にインドが候補に上がり、社内で活躍しているインドの方々の力も借りやすいこともあって、インドに決定しました。オフショア的な拠点を作るという観点は、初めからありませんでした。今、インドの開発拠点では、日本向けプロダクトとグループ共通のインフラ部分の開発を担当しています。


中出:私たちは、コロナ前の2018年にまずベトナムに拠点を作りました。さまざまな国を見ていく中で、優秀な人材の量や質はインドだけど、マネジメントのしやすさや文化的距離を見た時にベトナムがやりやすいのではないかと考えたのです。


それからベトナムの拠点が大きくなり、体制を作り、運営することに自信も出てきました。社内で開発組織の英語化に踏み切ったこともあり、英語力とスキルを考えやはりインドが選択肢に上がり、踏み切った形です。2022年6月くらいから責任者としてインドと日本を行ったり来たりするようになり、2023年4月にインドで法人を設立しました。同時に、私自身も雇用ビザに切り替え、インドで生活しています。

 

西山:CTOが責任者をしているというのは、会社として本気の現れですよね。メガベンチャーのCTOがインドでゴリゴリやっているというのは勇気づけられます。


若狭:私はメルカリの前はUSの会社に勤めていた時期が長く、インドのエンジニアと働いたり、USの会社がどういうふうにインドの拠点を活用しているかは、他の方より知見があったかなと思います。実際にインドに行ったことはなかったですけど…。日本側の開発組織のマネジメントに使う時間や労力を減らせるよう、社内で配慮してもらいました。


中出:マネーフォワードでは、ベトナムの拠点立ち上げの時、創業メンバーであり、当時取締役だったエンジニアがCEOになった例がありました。社内から人が行った方がいいと話す中で、最終的に私になりました。若狭さんと同じように、日本の仕事を半分くらい渡して負荷分散しました。コロナがあり、リモートで仕事できる感覚があったからいけたところもありますね。




マネジメントにはローコンテクスト化が重要


西山:2社ともインド拠点を立ち上げられて1年ほどですが、1年間どのようなアプローチをされてきましたか。

 

若狭:事業を始めるわけではなくて開発拠点を作るというプロジェクトなので、採用戦略をどう立てるかが一番大きなところでした。まず知ってもらわなくてはいけないので、最初の3~4ヶ月はひたすら、テックブランディング、採用ブランディングの戦略検討と施策を実行していました。


インドのテックタレントにとって、なぜメルカリのインド拠点に入ることがより良いのか。その理由を言語化してEmployee Value Proposition として資料にしていきました。採用前からLinked inやSNSで情報発信を始めたり、ローカルテックコミュニティのミートアップに参加したりと、とにかく知ってもらえるような活動に注力しました。


新卒だと、大学とコミュニケーションをとっていけば、ハッカソンや採用イベントに参加したりしてある程度学生のみなさんに知ってもらうことができます。しかし、まずはシニアから採用していかないと組織が安定的に成長しないと学んでいたので、当初は5~10年程度の経験があるテックタレントを求めていました。そのため、新卒とは別のアプローチが必要でしたね。


採用が進捗し始める中で、できるだけ早くローカルの事情に明るいリーダーを採用すべきだと決まったので、早い段階で採用に動き、現地責任者に任せる体制を作れたのはよかったです。


中出:マネーフォワードでは、いきなり会社を作るのではなくラボ型開発から始めました。


パートナーの現地エンジニアを借りて、実際にプロダクトを開発してもらい、やれそうだと判断したところで会社を設立しました。

 

ベトナムもラボ型開発から始めて拠点設立にいたりましたが、カルチャーや特性の違いがあると感じましたね。具体的にいうと、日本は何かを頼んだ時、行間を読んで言っていないことでも気を遣ってやってくれるところがあります。でも、インドは言われないことはやらない。ベトナムはその中間でした。ある程度違いは想定していましたが、インドの方が言葉で伝え合うローコンテクスト文化が強く、マネジメントが重要なイメージがあります。


西山:インドの方に限らないかもしれませんが、外国籍の方が開発チームに入ったとき、パフォーマンスをあげる組織を作るポイントはありますか?


若狭:中出さんが先ほどおっしゃったように、ローコンテクストが鍵だと思いますね。どちらかというと日本のハイコンテクストな文化が特殊で、グローバルではローコンテクストが主流です。


なので、ドキュメントの整理をしたり、考えていることは全部発言したりと、言語化する必要があります。インド拠点をマネジメントする際は、全てを言語化していくことにフォーカスしており、それがパフォーマンスを発揮できる環境につながっています。日本人も実はその方がやりやすいと思うんですよね。

 

中出:ローコンテキスト化に加えて、マネージャー比率も重要だと考えています。今マネーフォワードでは、外国人エンジニアの比率は40%で、マネジメント層になるほど日本人が多くなっています。そういう環境では、いろいろなことを日本人的に考えてしまいますし、外国籍の方が感じているバリアなどが理解しにくいですよね。マネージャー比率もあげていけると、日本人と同じくらい力を発揮できる環境になると思っています。

 


グローバルに戦うならインド進出を


西山:ありがとうございます。インド進出を考える企業さんに話を伺っていると、日本語環境で英語がまだまだというお悩みがよく出てきます。最後に、インド進出を悩んでいる企業の方々にメッセージをいただけますか?


若狭:どういった戦い方をしたいのかによりますよね。ドメスティックな戦いをしたいなら、むしろインドにこだわらない方がいいのかもしれないと思います。言葉や文化の壁は確かにありますし、日本のメンバー中心で日本市場に向けたサービスを作り続けるなら、あえてハードルをあげる必要はないと、個人的には思います。

 

ただ、ドメスティックを越えてグローバルな戦いをしていきたいなら、インド一択なんじゃないかと思っています。

 

業界をリードするUSや欧州の会社は、各社がインドで数千人単位でエンジニアを採用しています。バンガロールだけではなく、インドの主だった都市で広域に採用して開発力を強化しているのです。インドの開発人材は大きな戦力として、欠かせないものになっています。グローバルに戦うなら、同じことをやっていかないと戦いの土俵に上がることすらできません。インドの優秀なテックタレントと一緒に、世界で戦っていく必要があると考えています。

 

無理をする必要はありません。でも、成し遂げたいことやミッションのためにグローバルでやっていく経営判断をするのであれば、ゆっくり待っている場合ではないと思いますね。


中出:私たちも、主に日本でプロダクトを展開していますが、少しずつ海外で使ってもらえるよう進めています。昔から、最終的には海外に出ることを視野に入れて意思決定してきました。若狭さんの言ったように、海外のプレイヤーと海外で戦う時、インドに拠点がないのは圧倒的に不利だし、勝負にならないと考えます。だからいま、私たちもインド進出する必要があったのです。